『MATH 時の落とし子』ストーリー概略
「聴こえない何かが聴こえる」超能力を持って生まれた坂月あや(22)は、その力にコンプレックスを覚えながら、ひっそり生きていた。高校時代、事前に直感が察知していたにも関わらず、大好きだった「彼」を交通事故から助けられなかった過去が、あやの心の奥底に圧し掛かっていた。『私は魔女、役立たずな魔女…』
ある日、あやの携帯端末(※)に、空メールが届く。送り主はメールサーバ。そしてあやはそのメールの奥に誰かの助けを求める声を聴く…。あやは友達の千秋に端末の仕組みを教えてもらい、謎を解こうと考えるが分からない。ただのエラーなのだろうか?それとも…?
休日、あやはいつものように一人で買い物に出かける。そこで偶然にも同じ大学の河端順と出会う。順に、どうしていつも一人でいようとするのか、と問われて動揺する。過去の出来事が脳裏を過ぎる。『二人でいたら…逆にもっと寂しくなることだってあるでしょ』そう答えて、心を塞いでしまう。
サーバからの空メールはその後も届き、あやは徐々に「彼」と助けの声の主を混同していく。何とかして「助けたい」。だが、どうすることもできない。常に端末に見入っているあやの姿に、順は心配して声をかけるが、あやはメールが気になるあまりに無視してしまう。
千秋と話をしながら、あやは送り主が、サーバを含めほとんど全ての情報機器の制御を行う中枢MATH(※)であり、MATHは「意識」をもっていると確信する。ニュースでは、MATHシステムの謎のエラーや、急進的反対派によるサイバーテロが連日のように報道されている。傷つけられる「彼」にやはりどうすることもできず、あやは悩む。
ふと順と偶然出会った場所に立ち寄ると、順が「待って」いた。順はあやのことが好きだった。順の告白にあやは戸惑い、返事を保留する。そこにいつもにも増して強い「声」が聴こえる空メールが届く。MATHが…「彼」が危ない!
近くのMATH管理センター支部へ、あやは向かう。MATHの制御状態を示すディスプレイ、MATHはまるで生きているような振る舞いを見せ、あちこちでエラーを発生させている。やがてこの支部に向かってエラー地域は収束してくる…。
「声」に導かれ、あやは噴水前へ。MATHの「意思」により、噴水は形を変えていく。あやの目には「彼」の姿が映る…だが、「彼」は泣いていた。「彼」はただ一人自分を心配してくれたあやに、感謝と別れを告げに来たのだ。MATHシステムは、テロリストによりばら撒かれたウィルスの集中攻撃の前に、すでに壊滅状態に陥っていた。「彼」は最後にあやを追ってきた順を指し示した…あやのために一生懸命尽くしてくれるひととして。そして、声も噴水も、何事もなかったかのように消えた。
※携帯端末:成人男女に国から配布される「携帯電話」。公式なメールとして使える「端末メール」の送受信が可能。身分証明としても使うことが出来る。
※MATH:「MATH=System」。人間の力を直接借りたりせず、自律制御を行う都市管理システム。交通設備(信号や全自動交通システムなど)やインターネットのアクセス管理、端末メールの送受信管理などを行う。